Ryu-jinです。
少し間が空きました。
娘の大学受験が終わり、入学手続きも済ませました。まだ諸々やることはありますが大きな案件は終わり。毎年の確定申告もあとは税理士さんにお任せするだけです。
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さてタイトルの【他人の山を登ってはいけない】。
どういう意味かと言うと、親が若かった時に成し遂げられなかった夢や目標を、子どもの自分が代わりに成し遂げようと努力したり時間を費やしたりしてはいないか?ということです。
もっと端的に言うと、親によって小さいころから、あるいは今もなお支配され続けていませんか?それによって生きづらさを抱えていませんか?ということ。
生きづらさを抱えている人は、自分の山を登らずに、知らず知らずのうちに他人の山を登っていることがあるのです。
自分の山だって登るのには時間がかかるし苦労します。でも登り切れば達成感があるし、自信にもつながる。
では他人の山では?登りきったところでそこに自分が見たかった景色は見られるのでしょうか?登り切ってはたして達成感や満足感は得られるのでしょうか?
逆もまた然り。
子どもに自分の山を登らせてはいませんか??
自分が若かった時達成できなかったことを、子どもにやらせようとしていないでしょうか?
進学も就職も、自分はうまくいかなかったから(あるいはうまく行ったから)、子どもには失敗をさせたくない(おなじようにうまく行かせたい)。多くの親御さんは、そうするのが子どものためと心から信じているでしょう。
それってそんなに悪いことでしょうか?
どんな親だって、子どものためになることをしてあげたい、そういう気持ちで教育費をかけ、勉強しなさいとか、きちんとしなさいとかお小言を言うのですよね。
もちろん、悪いことばかりじゃないでしょう。それは子どもと親の関係性によります。
親の、お子さんに目指してほしい目標と、お子さんが本当に目指したい目標が一致していればさほど問題はありません。親の山と子どもの山が非常に近いため、親子で協力して登っていくことでしょう。
でもそうでない場合に問題は発生します。
小さいころから親が支配的であると、子どもは自分の考えよりも親や周りの気持ちや考えを優先しようとします。
小さいころはそれでもよかった。親の言うことに従っていれば良い成績が取れますし、評価も良くなります。
でもアイデンティティを確立する思春期の頃に、はたと子どもは気づくんです。
「親の言うことは本当に正しいのだろうか?自分は本当にこの道を進みたいのだろうか」
ここで自分が違う山に登っていたことに気づいて親の山を下り、自分の山に登り始められる子もいます。
思春期に不登校になった子は、今、親の山を下りて自分の山に向かう途中にいるのかもしれませんね。
こういう子は、自分の山に登り始めるのが周りの子に比べ少し遅くなったかもしれませんが、全然まだまだ間に合います。大丈夫。他人の山とは言え1度は登りかけていたのですから、人よりずっと体力があるしコツも分かってます。すぐに周りの子たちに引けを取らなくなるでしょう。
ただ思春期を過ぎても、まだ親の山を登っている人はもう少し不幸です。
学生を過ぎ、社会人となっても親の山を登り続けていると、いつまでも達成感を得ることが出来ず、いったい自分はなんのために生きているのだろうと、自分の人生自体に悩むことになってしまうからです。親や周りを満足させることは出来ているけれど、自分が本当にしたいことはなにも出来ていない。生きる目標を見出すことが出来ず無為な状態で人生を送ることになってしまいます。
今自分の人生に悩んでいる人は、一度立ち止まって、今登っている山は本当に自分の山なのだろうかと確かめてみてください。
またお子さんに「もしかしたら自分の山を登らせているかもしれない」と心当たりのある親御さんは、少しお子さんとの距離をとってみてください。子どもに自分の山を登らせている親は、だいたい親の方が前のめりになっていることが多いです。習い事も少しペースを落としたり数を減らそうとしてください。お子さんが本当にやりたいこと、興味のあることなら辞めたくないと言うでしょう。そうでないならば考え時です。
親と子の関係性を、四柱推命では見ることが出来ます。
親御さん側でも、お子さん側でも、今悩んでおられるならご相談ください。
こころのうちをお話されるだけでも、楽になることがありますよ。
