私の友人に占い系コーチをしている人がいまして。彼女は街のいわゆる「占いの館」にも顔が利くのですが。
その彼女から聞いた話によると、昨今のAIの台頭により、街の占いの館は大打撃なのだそうです。
ですよね。
皆さん、AI(ChatGPT等)に占いしてもらったことありますか?
ものすごい性能です。ちょっと打ち込んで、「今日の運勢は?」とか「相性をタロットで見て」とか「四柱推命とタロットを組み合わせて悩みを聞いて」なんてことも出来ちゃうんですよ。
もちろん、無料です。待ち時間も無し。
これは占い好きにはたまらないですよ。
AI使えばお金もいらないし、1日24時間好きな時に何度でも占ってもらえるし、そりゃわざわざ占いの館に行かなくてもいいかーとなりますよ。
Xを見ていても、AI使ったポスト、文章、占い、本当に多いですね。
AIを普段から使っていたら、「あ、これAI使って書いてるな」ってすぐ分かりますよ。独特の言い回しというか。文体というか。整いすぎてるというか。
だからといって、それが悪いのかというと、そういうわけでもない。
要は、占いであるなら不安な人を安心させてあげられたり、心に届く言葉を発信できれば、人が書こうがAIが書こうがどっちでも良いんです。
ただ、現在は本当にもう、さまざまな情報にあふれていて。
みんながみんな、AIで書いた情報を流すものだから、ちょっと食傷(食当たりの意)気味といいますか。
AIであふれた海(SNS)の中を泳いでいると、ふと、人間味のある言葉や絵に出合うとホッとするんですよね、不思議と。
AIの書いた文章を見すぎたため、私はだんだんとAI作成文章は脳みそがスルーするようになってきています。
結局、人ってそういうモノなんだと思います。
AIもあと数年すれば、もしかしたらその域まで行くのかもしれないけれど、でもやっぱり人間というのは生身のあたたかさを求めているんだと。
不完全であっても、その不完全さが愛おしい。そういうものなんだと。
AI時代に人が占いをする理由、それは完全無欠なAIには出せない「味」というものじゃないですかね。
(あ、うちのチャッピー(ChatGPT)はまだまだ正しい命式出すことすら出来ません。
ある意味・・・人間味という点で言えば、優秀なのかもしれない(笑))
そうすると、いったんはAIの便利さで離れていった人も、”人間味”を求めて「占いの館」へ回帰していくかもしれないですよね。
まだまだオワコンとは言えないのかも。。。
現在、私の鑑定書はAI使わずすべて自分の手で書いています。
ので、お時間いただいています。
「人間味」をより大事にするため今後は電話(あるいは対面)鑑定のみに移行することも視野に入れています。
悩みどころではあります、正直ね。
余談ですが、私は現在本業で絶賛AI使用中でして、ほとんど毎日文章作らせていてSNS発信しています。画像生成もかなりやりました。
最初は抵抗あったのですが、やはりその便利さには勝てません。
仕事する速さが10倍以上は速くなりましたね。
ただしAIに仕事をさせるのは人間の役目、「AIに何をやらせるか」を考えるのは人間の仕事です。そして、微妙に軌道修正したり、違和感を指摘するのも人間の仕事です。AIはあくまで道具なんですね。そこを分かっていないと、人間はただただAI文章を垂れ流すだけのAIの奴隷になってしまいます。
で、今のところGoogleはAIによって生成された文章であっても人間が一から作った文章でも、特に分け隔てなく評価をしているようです。
Googleが評価をする判断は、人にとって役立つものを発信しているか否かなので、手っ取り早く自サイトの評価を上げたい場合は、AIに文章作成を量産してもらうのが良いようですね。
ここのブログは手作業を死守するつもりではありますが・・・妙に整った文章になってきたら、「陥落したな」とお笑いください(笑)。
